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映画「オッペンハイマー」〜原爆の父の実像

 原爆を開発した物理学者ロバート・オッペンハイマーの栄光と没落を描いた映画。180分の大作である。今年のアカデミー賞作品賞等の受賞作でもある。

【人物】

 オッペンハイマーは、ユダヤ系のアメリカ人。ハーバード大学で化学を学び、ケンブリッジ大に留学。ニールス・ボーア教授の知遇を得て、理論物理学に進み、ドイツのゲッティンゲン大学で博士号を取得。若くしてカルフォルニア工科大学の教授となり、理論物理学を研究し、宇宙物理学で星の終焉やブラックホールの研究などしていた。

   英語のほか、ドイツ語やオランダ語などいくつもの言語を使い、サンスクリット語まで読みこなした。文学書やフロイトユングなどの深層心理学マルクス資本論を読み、ピカソなどの芸術作品にも親しみ、共産主義に共感するなど、物理学の天才であっただけでなく、幅広い教養を備えた人物であった。

 性格的には、基本的に内向的であり、繊細で不安定なところがあった。留学時代は、宇宙のことを考えすぎて少しおかしくなり、教授に青酸カリ入りのリンゴを食べさせようとしたりした。仕事熱心で誠実だが独善的な面もあり、女性にだらしがなく、結婚後も愛人との関係を続け、人妻と浮気をした。

【映画の構成】

 映画は主に、①オッペンハイマーが原爆を開発するまでの経過、②戦後にオッペンハイマーがスパイ容疑をかけられて非公開の聴聞を受けている場面、③オッペンハイマーを陥れた原子力委員会委員長のストローズの聴聞会の場面で構成される。これらが前後して進んでいき、最後に種明かしがされる。

 最初は、①~③のつながりがよく分からず、特に➁と③は誰が何を追及しているのかが分かりにくい。見ているうちに飲み込めてくるのだが、予備知識があった方が良いと思われた。

 ところどころでオッペンハイマーの主観的な幻想が挿入され、オッペンハイマーの内的な世界が、外的な世界とはずれがあることが示される。

【なぜ原爆開発をしたのか】

 オッペンハイマーは、もともと学級肌の人物であった。化学の実験は苦手で、理論物理学に転向したとおり、現実的なことは苦手で、観念的なことの方が得意な人物だったようである。そんな彼がなぜ、原爆を作ることになったのか。アメリカ陸軍が優秀な物理学者であったオッペンハイマーをスカウトしたのは分かるが、なぜそれに応じたのだろうか。

 まず、ユダヤ系であることが関係しているようだ。ナチスよりも早く原爆を作らなければという切迫感があったのだ。ユダヤ人を迫害するナチスに原爆を作らせるわけにはいかなかった。ドイツには、優秀な物理学者がいることも知っていて、原爆が実現可能なことも知っていた。

 やはり、競争心、名誉心もあったのだろう。オッペンハイマーは、同僚の物理学者と比べて目立たない存在だった。マンハッタン計画の成功でタイム誌の表紙を飾り、一躍世界で一番有名な物理学者になった。

 また、科学者としての野心もあっただろう。莫大な予算を使い、思う通りに自分の理論を実際に試してみたいと欲望に逆らえなかったのかもしれない。

 しかし、オッペンハイマーは、原爆を作った結果がどうなるかは分かっていた。友人の物理学者にも忠告されていた。しかし、原爆を使用することで、戦争を早く終わらせることができ、多くの人の命を救うことができるという詭弁を無理やり信じ込み、現実から目を逸らした。

プロジェクトX

 原爆開発は巨大なプロジェクトである。その様子は、まさにプロジェクトXそのもの。ニューメキシコ州ロスアラモスの何もない荒野に街を一つ作り出し、全米各地にウラン鉱採掘、ウラン濃縮工場、冶金工場などを設置して鉄道で結ぶ。オッペンハイマーは、プロジェクトリーダーとして、個性的な科学者たちを一つの目標に向けてまとめあげていく。その姿は、かつての内向的な理論物理学者ではない。

 そして、原爆実験トリニティ計画が成功裏に終わる。みんな大喜び。オッペンハイマーは、プロジェクトリーダーとして、喝采を浴びる。

 しかし、作り出したものは、極めて破壊力が大きい爆弾。当然、作った以上は、使われるのである。

 ナチスドイツが降伏したことで、原爆使用に反対する研究員たちもいた。しかし、立場上オッペンハイマーはそれに加わることはできない。そして、広島と長崎に原爆が投下されたことをラジオで知る。

 ロスアラモスは、興奮の渦に包まれる。「オッピー、オッピー」と愛称で呼ばれ、大喝采を受けるオッペンハイマー。しかし、オッペンハイマーは熱狂する群衆の中に死と破壊の幻想を見るのであった。

 オッペンハイマーがやらなくとも、誰かが原爆は作っていたのだろう。その意味では、歴史の中で役割を担わされたという見方もできるだろうか。

 

オッペンハイマー

★★★

 「原爆の父」オッペンハイマーの人生や原爆開発の事情を知ることができる。その一方、過剰な演出や複雑な構成は、余計なもののように思われた。後年、オッペンハイマーは、『バガヴァット・ギーター』の一節を引用して、「われは死神なり。世界の破壊者なり」などと語ったとされるが、映画の中ではそれがなんだか文学的で格好よく聞こえるので、嫌な気がした。