晴れ、ときどき映画と本、たまに旅

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映画「本心」~延長線上の未来

※ネタバレあり。

【あらまし】

   近未来のSFヒューマンドラマ。ミステリー(謎解き)仕立てで物語が進んでいく。

 本作の謎は、自殺した母の本心。仲の良い親子だったのに、なぜ何も言わずに自死を選んだのか。最後に伝えたかったことは、何だったのか‥‥

  息子は、母のVF(ヴァーチャル・フィギュア)を作り、そこに現れた母と対話を重ね、母の本心を探る。

【近未来】

  数年後の未来が描かれる。見たところ、人々の生活は今とほとんど変わらない。異なるのは、AI技術が進歩していること、社会の階層化が進んでいるらしいことである。また、高齢化社会の対策なのか、「自殺法」というようなものが施行されており、自死を選ぶ人の遺族には相続税などの優遇措置があるほか、まとまったお金がもらえる。

 主人公は、頭が良く礼儀正しい青年だが、高校生の時にある事件を起こしたことで、進学や条件の良い就職が出来なかったらしく、「リアルアバター」として働いている。リアルアバターというのは、カメラやマイクを装着して、依頼者の代わりに、リアルな世界で命じられたことをする仕事。依頼者の評価が受注に直結しており、依頼者に言われるがままとなっている。依頼者には不愉快な人物が多い。青年は命令どおりに、大汗をかいてあちらこちらへと走り回る。

【ヴァーチャル・フィギュア】

  青年は母のVF(ヴァーチャル・フィギュア)の制作会社に行って、母のVFの制作を依頼する。制作会社の若いハンサムな社長は、微笑みながら「VFは本人と何も変わりませんよ」などと言い、胡散臭い感じである。

 VFの作り方は、インターネット上にある母の生前のデータを集めAIに学習させて復元するというもの。生成AIなので、会話をする内にだんだんそれっぽくなっていき、ネット上で最新のデータも収集するので、近頃の話題にもついていけるのだとか。

 青年の知らない母の一面を母の友人であった元同僚の若い女性が知っているので、その友人からのデータの提供を受けて、母のVFを完成させる。なお、その若い女性は、青年の昔の恋人に似ていて、本人なのかどうかよく分からないまま、なぜか同棲を始め、複雑な三角関係が展開される。

【死をないことにする】

   亡くなった人のデータを集積して、その人らしい反応をする人物像を再現するというのを、テレビで見たことがあった。本作のVFはその延長線上にあるが、技術が進んでいるのでよりリアルになっている。本作の場合は、母がインターネットを使い出したのは晩年からと思われるので、データ量は多くはなく、不十分なものしか作れなかったかもしれないが、デジタルネイティブの世代ともなれば、データ量も十分で、本人と遜色のないものが出来上がるのだろう。

 しかし、何でそんなものを作ろうとするのか?

 亡き人をしのぶというなら、写真や彫像と同じことで、分からないでもない。命日に墓石の前で、亡くなった人に話しかけると心が落ち着く人もいる。

 また、優れた人物のVFを作っておけば、その人の死後もその人物のことを知ったり、相談できるという利点もある。たとえば、100年後の子どもが21世紀に活躍した伝説の野球選手ショウヘイ・オオタニから直接バッティング技術を学ぶとか。

 しかし青年は、実のところ、母の死を受け入れられなかったようである。VFを作ることで母の死をなかったことにしたかったようだ。母とダンスを踊ったり、観光地を訪れてみたり……。思わせぶりな死に方をした母の責任も大きいと思われた。

【本心】

 チラシには「時代に彷徨う人間の《心》と《本質》を描く」とある。描かれていたのは、社会的地位と金銭による力関係で規定され、人間関係は総じて浅薄な、うそ寒い世界であった。一応「人間と言うものは、結局、弱肉強食的で自己中心的」といった感じでの《本質》は描かれていたが、《心》はあまり描かれていなかった。

 本作のテーマの「本心」は、息子が知りたかった生前の母の本心ということであるが、そんなもの知りようがないし、知っても仕方ないだろうというのが感想である。人の本心のようなものは、対人関係の中で生じてくるものであるし、当の本人にとってもそのときにならないと何が出てくるが分からないというのが正直なところではなかろうか。

 

本心

★★★

 近未来の話で、多少の誇張はあるものの、基本的に現代の延長線上の話である。現代の社会問題が色々と詰め込まれているので、そういったことを考える題材には良いのかもしれない。122分。