ホキ美術館は、千葉市にある世界でもまれな、写実絵画専門の美術館である。「ホキ」というのは、創設者の姓「保木」からとったものと思われる。収蔵作家一覧のには50人近い画家の名前が挙がっているが、ほとんどが現役作家である。そういう意味では、現在進行形の美術館と言える。
美術館は、上から見ると細長い二つの円弧が並んだ形をしている。長いエントランスを歩くと入り口に着く。入場料を払って、エントランスホールを進み、ギャラリーに入る。展示室は、1階から地下に続く。
展示されていのは、写実的な絵画作品である(一部、陶磁器、オブジェもあり)。モチーフは人物、風景、静物であり、人物では女性(特に裸婦)が多い。
展示室に入ると多くの人は感嘆の声を上げる。本物そっくりだからである。近づいたり、離れたりして見て、 髪の毛一本一本まで緻密に描かれているのに感心する。そして、どうしたらこんなに精密に本物そっくりに描けるのかと思う。
写真のようだ、と思う。
そうだ、写真があるのだ。なぜ、わざわざ絵に描かなくてはならないのか。写真の登場で、写実的な絵画は廃れたのではなかったか。
絵とはなんとむなしいものだろう。原物には感心しないのに、それが似ているといって感心されるとは。
写実画の制作には、数ヶ月の時間がかかるという。なぜ時間と労力をかけて、本物そっくりの絵を描こうとするのか。
たとえば、女性の絵がある。シャツと半ズボンという軽装で、立ってこちらを見ている。サイズは、実物よりもやや大きい。
これを見る。近づいて、顔を見る。つぶさに、目や眉や鼻や唇を見て、唇のしわが多いことに気づく。腕を見る。腕の肌がどう描かれているのかを見る。服を見る。足を見る。足の指を見る……見だすときりがない。写実画は見るところが多い。
普段、こんな風に人を見ることはできない。自分の手足なら見ることはできるが、そんなにじっくり見ることもない。もちろん写真ならじっくり見ることはできる。しかし、写真をそれほど見ようとは思わない。それは機械によって光学的に写し取られたものに過ぎないから。絵画は人の手によって、油絵具で時間をかけて描かれたと知っているので、じっくり見るのである。
じっくり見ると、色々と気づくことが多い。
画家は作品を制作しているとき、モチーフをものすごい時間をかけて見ている。その見た結果を画布の上に技法を尽くして表現する。
写実画といっても、ありのままに描かれているわけではない。理想的な美人画であったり、美しい風景であったり、シュールな構成であったりもする。立像にしても、そもそもじっとまっすぐ前を見て立っている人など、普通はいない。女性の瞳の中に、相手の姿が写っていたりする。そこまで描かれると現実離れしてくる。
当たり前の話だが、描かれているのは、画家が見た世界である。鑑賞者は、画家の目を借りて、モチーフを見ることになる。だから、画家が描く細部も、現実のようであって、現実ではない。画家は、まず、見ることのプロなのである。
一通り見終わって、昼前になったので、美術館に併設されているレストランに入る。わりと本格的なイタリアンレストランであった。時間が早かったせいか、空いていた。
ランチセットは、前菜、季節のスープ、メイン料理、デザート、ドリンクのコースで、4,000円。メイン料理に、リングイネというパスタを食べたが、ムール貝がたくさん入っていておいしかった。
料理を待つ間、窓から外の風景を眺めていた。公園の森の木々が見えた。窓枠が額縁のようになって、風景画を見ているように見えた。
絵画を見たせいで、物の見方が少し変わったようだった。
帰りの電車の車窓からの景色も風景画を見ているようであった。人々の姿も何となく絵画的に見えた。
しばらくはそんな感じが続いたのだった。
ホキ美術館