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映画「パトリシア・ハイスミスに恋して」~全身小説家

【あらまし】

 『太陽がいっぱい』『リプリー』などの映画の原作を書いた小説家パトリシア・ハイスミスの人生を紹介するドキュメント。生誕100年を経て公開された日記や本人のインタービュー映像、元恋人たちや親類へのインタビュー、映画の映像などを織り交ぜながら、ハイスミスの人生を浮き彫りにする。

パトリシア・ハイスミス

 欧米ではアガサ・クリスティーと並んで、有名なサスペンス・ミステリー作家とのこと(私は初耳でしたが)。ご本人によると、サスペンスやミステリー作家を自称したことはなく、描いた作品が自然とそんな感じになったという。小説は、自分の感情をもとにして書かなくてはならない、と述べている。

【生い立ち】

 生い立ちは、不幸である。母親の妊娠後に両親は離婚。母は、テレピン油を飲んで中絶しようとした。母は再婚して、ニューヨークへ。パトリシアは、テキサス州の祖母の元に預けられる。6歳まで祖母の元で育ったので、基本的に南部気質(ロデオで荒馬を乗りこなす映像が流れる。質実剛健で保守的な感じ)なんだとか。その後、母と継父の元に移るものの、母からは冷たくあしらわれた。

 やがてパトリシアは、自分が同性愛者であることに気づく。男性を愛そうとするが、男性とのセックスは「金たわしで顔をこすられているようなもの」だった。以後は、同性愛者であることを隠しながら生きることになる。

 長編デビュー作『見知らぬ乗客』が賞を取り、ヒッチコックによって映画化されるなど、小説家としては早くから成功する。自伝的ロマンス小説『The Price of Salt』は、偽名で発表。ハッピーエンドのレズビアン小説であったので、レズビアン社会では、大いに歓迎される。

 若い頃のパトリシアは、きりっとして意志の強そうな男前の美人である。秘密の日記を携えて、世界各地を旅して歩く。各地で女性の恋人と浮名を流す。英語、フランス語、ドイツ語を流暢に話しているのには驚いた。頭もいいのである。

 インタビューに答えるのは、かつての恋人たち。一緒に暮らした人もいる。夫のいる女性との道ならぬ恋もあった。パトリシアは、彼女たちに夢中になって高揚するが、別れが来ると落ち込んで何もできなくなる。その繰り返し。レズビアンであることは母にも知られ、パトリシアは、弁護士を雇い、母との縁を完全に切る。

 その一方で、パトリシアは、孤独を求める。一人でいると、集中できるし、誰とも話さなくて良いと、インタビューには答えている。インタビューは、最悪だとも。

 終の棲家をスイスに構える。砦のような家である。ひとり静かに執筆と農作業や猫の世話をする日々を送った。

【感想】

 小説家は「色々な体験をしても、個人の経験は限られている。想像力の羽を伸ばせば、広い世界を体験できる」といったことを話している。実際の人生は、表面に現れた一部に過ぎず、その背後には広大な世界があり、小説を書くことは人生を掘り進めていく作業であったのだろう。小説を書くことで、思い通りにならない人生とは距離を置くことができ、人生を達観できるようになったとも思える。

 伝記映画としても、インタビューを中心として、うまく構成された作品であった。ハイスミスの小説を読んでみたくなった。

 

パトリシア・ハイスミスに恋して」LOVING HIGHSMITH

ドキュメンタリー ★★★★