晴れ、ときどき映画と本、たまに旅

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『道草』~リアル漱石・『猫』誕生の裏側

 寝しなに夏目漱石の「道草」を読んだ。すぐ眠くなるので、一日数ページである。読み終わるのにひと月くらいかかった。面白かった。

 『道草』は、漱石がイギリス留学から帰った時期の出来事が題材となっている。三十代後半くらいの時期である。

 漱石の生い立ちは複雑である。

 生まれて間もない頃に、養子に出された。そして、養父母からは溺愛される。しかしそれは、養父母の都合によるものだった。そのうちに、養父に愛人ができて、養父母は離婚し、9歳頃に漱石は実家に戻される。しかし、養父母の対立で、夏目家に復籍したのは大人になってからだった。その後も、漱石は養父からは長年、金の無心をされていた。

 『道草』の主人公健三は、留学から帰ったばかりで、大学の教師をしている。妻と娘が二人いて、妻は三人目の子を妊娠している。

 留学帰りの大学の先生ということで、周囲からは期待されている。その期待というのは、洋行帰りの大学の先生なのだから、高収入を得ているだろうということである。そして、みんな健三にたかりに来るのである。しかし、健三の懐具合は、かなり厳しい。

 ある日、健三は、元養父の島田と偶然出会う。島田は、人を遣わして、出入りすることを求める。それに応じると、島田はしばしばやってきては、くだらない昔の話をして帰る。そうこうしているうちに、金銭の要求をし始める。

 それとは別に落ちぶれた元養母もやってくる。

 健三は、毎回、彼らに手持ちの金を与える。 

 健三は、養父母とは離縁しているので、無心されるいわれはない。妻からも相手にするなと言われる。しかし、昔のことを色々と思い出してしまい、突き放してしまうこともできないでいる。

 その昔、養父母が健三を甘やかして、健三がつけあって、わがままになっていく様子や、養母が健三を味方にしようと仕向けたことなど、漱石は、子どもからの視点でリアルに描く。漱石は記憶力にも優れている。

 健三は、妻ともうまくいっていない。仲睦まじいときもあるが、妻が子どもを連れて実家に帰ってしまっこともあった。妻は、しばしばヒステリー発作を起こす。健三は、懸命に看病をする。妻が急に産気づいたときには、必死になって対応する。しかし、健三は素直に愛情を表現することができず、すぐに小理屈をこね、妻を非難する。妻からは、「泥棒でも詐欺師でもよいから、私を大事にしてくれる夫の方が良い」などと言われてしまう。

 妻の父は、元は公職に就いて高い地位にあった(実際は貴族院書記官長など歴任)。しかし、政争に巻き込まれて、今は凋落している。健三は、妻の父から保証人になってほしいと頼まれて、理屈が通らないと断る。

 妻は無事に出産するが、子どもはあまり可愛くは思えない。幼い頃美しかった長女は、だんだんと顔が滑稽な方向に変化していったと嘆く。

 健三には、歳の離れた姉と兄がいる。兄は、公務員だが体が弱く、何とか仕事にしがみついて生きているような状態である。姉も喘息持ちで、遊び人の夫は当直勤務と称して、愛人宅に泊っている。健三は姉に定期的に小遣いを渡している。

 問題だらけである。それもインテリとしての苦悩というものではなく、現実的で具体的な問題ばかりである。

 そんな中、鬱屈を解消する手段として、仕事とは全く関係ない原稿(『吾輩は猫である』の第一回)を書く。それが意外にも収入になる。

 兄や姉の夫に間に入ってもらい、養父とは、百円を支払って証文を取り返し、縁を切ることにする。しかし、その金がない。健三は、再び原稿用紙に向かい、その原稿料で養父との関係を切る。

 これで片付いたわね、という妻に対して、健三は「世の中に片付くことなんて殆どありゃしない。一遍起こってことは何時までも続くのさ。ただ色々な形に変わるから他(ひと)にも自分にも解らなくなるだけのことさ」とつぶやくのであった。

 

 「吾輩は猫である」は、猫の目を通して、人間社会を風刺するというもので、主人公の苦沙弥先生の元に弟子や友人など様々な人々が集まり、面白おかしい話で盛り上がり、それを猫が冷静な目で批評する。そんなのんきで楽しい「猫」が生み出される裏側には、こんな事情があったのであった。

 文豪といえども、現実的な悩みに振り回されていたのだ。なんとなく、漱石を身近に感じる作品である。漱石の半生が凝縮されおり、様々な材料を提供してくれる作品でもある。