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映画「キャロル・オブ・ザ・ベル」~抵抗の歌声

【あらすじ】

 第二次世界大戦前夜。ポーランドのスタニスワヴフという街が舞台。

 ユダヤ人一家のアパートに、ポーランド人一家とウクライナ人一家が入る。それぞれの夫婦の間には、女の子がいる。

 ポーランド人夫婦とウクライナ人夫婦は、警戒し合っているが、三家族でのディナーの際に、女の子たちが仮装して歌い、打ち解ける。

 このときに歌ったのが、ウクライナ民謡シェドリック(キャロル・オブ・ザ・ベル)。幸せをもたらすという歌である。音楽教師のウクライナ人妻は、子どもにウクライナ民謡を教えていた。

 情勢が変わり、ソ連軍がやってきて、ポーランド人の夫婦が連行される。
 次にナチスが来て、ユダヤ人夫婦が収容所送りとなる。

 ウクライナ人夫妻は、子どもたちを託される。

 上の階に入ったナチス将校一家に、子どもがシェドリックを歌いに行ったことで、ウクライナ人妻は、ナチス将校夫妻の男の子に歌を教えることになる。

 ウクライナ人夫は、ナチスに処刑される。

 戦争に負けたナチスが去り、ウクライナ人妻は、残された男の子も引き取る。

 ソ連軍がやってきて、ウクライナ人妻を連行し、子どもたちは孤児院に収容される。ナチス将校の子は殺される。
 ウクライナ人の子は、孤児院の音楽会でシェドリックを歌ったことで、少年院送りとなる。

 戦後、大人になった三人の元女の子は、再会を果たす。

【背景】

 舞台のスタニスワヴフは、現在はウクライナの西部の都市イヴァーノ=フランキーウシク。この街は、20世紀になって、目まぐるしく支配者が入れ替わっている。*1

 1918年:西ウクライナ人民共和国の領土となる。
 1919年:ポーランドの領土となる。
 1939年:ソ連軍によって占領される。
 1941年:ドイツ軍によって占領される。
 1944年:ソ連軍によって再占領される。
 1991年:ウクライナが独立する。

 もともと、この街の西部にはユダヤ人居住地があり、東北部にはウクライナ人とポーランド人が住んでいた。ユダヤ人のアパートにウクライナ人とポーランド人家族が入ったのは、そういう事情であった。ウクライナ夫婦とポーランド夫婦が反目しあっているのも、歴史的な背景があった。

【シェドリック】

 ウクライナ人の女の子は、危機的な状況になると、「シェドリック」を歌う。その歌声は、美しく、切ない。聞くだけで、泣けてくる。

 その歌が幸運をもたらすこともあれば、不幸を招くこともある。最後には、この歌をソ連の官僚の前で歌ったことで、少年院送りになってしまう。

 この歌は、音楽家の母親が教えたものである。ウクライナ民族が存在するという証として。繰り返し、他国に占領されるという過酷な状況の中で、民族のアイデンティティーを保つための一つの手段なのであろう。そのため、占領者からは過剰な反応を招くことになる。

 ユダヤ人の女の子が、両親がいなくなっても、新年の儀式をやってみせるというシーンがあった。ユダヤ人は、国を失った人々であり、言葉や宗教、慣習を守ることが、ことさら重要なのだろう。

【言語】

 ウクライナ語とロシア語、ポーランド語は、似ているが別の言語であるとのこと。ウクライナ人一家とポーランド一家、ユダヤ人一家は、コミュニケーションに支障はないようであった。何語で話していたかは分からない。

 占領軍のソ連軍将校は、「ロシア語を話せ!」としばしば逆上していた。占領者としては、ウクライナ語で話されるのは反抗していると思うのだろうか。ウクライナ人妻もロシア語ができるのに、あえてウクライナ語で答えていたのかもしれない。

 逆に、ウクライナ人妻は、ナチスの軍人には、ドイツ語で答えていた。ナチス将校夫妻は、ウクライナ人妻がドイツ語が上手なのを褒め、子どもに歌を習わせることにした。ドイツ語ができるので信頼したのであろう。

 〇〇人とか、△△民族とかいうときの定義は色々あると思うが、同じ言葉を話す集団という要素が大きいと思う。

 言葉が通じると、とたんに親近感が湧くものである。逆に何を言っているのか分からないと、「何を考えているのか分からない」となり、不安になってしまう。

 電車の中で、外国人が分からない言葉で声高に話しているのを聴くと、なんとなく嫌な感じがするものである。これが少しでも内容が分かると、嫌な感じはなくなる。

 古代ギリシアで「バルバロイ(野蛮人)」といえば、「聞きづらい言葉を話す者」という意味だそうだ。

 それほど極端な話ではなくても、生まれ育った地元の方言を聞くと、心やすい気持ちになるものである。

 「同じ言葉を話す=話が分かる=仲間」となるのだろう。

 自動翻訳が普及して外国語を学ぶ必要がなくなるとか、英語に統一すればよいというような話があるが、外国語を学ぶことは、いろいろと良いことがあると思う。

【その他】

 三家族が悲惨な目に遭い、とりわけ子どもたちが気の毒であり、結局は弱者が被害者になるのだと腹立たしい気持ちになった。それだけ感情移入したのは、よくできた作品ということであろう。

 ソ連将校はきわめて粗野で、ナチス軍人は慇懃無礼で冷酷という感じで演じられていた。実際そうだったのかもしれないが、ややステレオタイプのような気もした。

 現在、ウクライナで起こっていることは、連日ニュースで報道されているが、なぜこんなことになっているのか、どうすべきなのかは、さっぱり分からない。複雑な事情や経緯が絡まってこうなっているようである。どんな理由があっても、戦争は避けるべきであり、一日でも早く終わるように祈るばかりである。

 

キャロル・オブ・ザ・ベル

社会派度 ★★★★

ヒューマンドラマ度 ★★★★★