晴れ、ときどき映画と本、たまに旅

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映画「探偵マーロウ」〜通好みのエンタメ

【どんな映画?】
 マーロウは、個人営業の初老の探偵である。もともとロサンゼルス郡検事局の捜査官だったが、事情で退職している。依頼者は、美しい女性。失踪した愛人を探してくれという。その愛人は、交通事故で死んでいるはずだったが……。調査に乗り出したマーロウは、映画業界の複雑な闇に翻弄されながら、真相に近づいていく。
 原作は、レイモンド・チャンドラーの小説「長いお別れ」の続編として、ブッカー賞作家ジョン・バンヴィルが書いた「ブロンドの黒い瞳の女」。エンタメ作品である。

【エンターテイメントとして】
 展開がめまぐるしく、次々と登場人物や場面が切り替わるので、しっかりと観ていないとよく分からなくなる。観ているうちに事情が飲み込めてくる。
 マーロウの向こう見ずともいえる内偵により、悪党は成敗され、依頼者は望んだものを手に入れる。マーロウは、やれやれといった感じで退場。
 ダンディな主人公、機知に富んだ会話、時代の雰囲気など、チャンドラーファンもしくは主演のリーアム・ニーソンファンにはたまらない作品のようである。

 予備知識がなくともそれなりに楽しめたが、通好みの作品と言える。

【時代背景】
 冒頭にナチスのニュースがラジオで流れる場面があり、最後にアメリカが参戦することが示唆される。戦争前夜である。1940年頃であろうか。今から80年位前である。

 舞台は映画撮影所や娯楽施設。ヨーロッパでの戦争で、アメリカは景気が良いのか、人々は歓楽にふけっている。戦争の前の不安を紛らわそうとしているのかも知れない。

 マーロウも悪役のコルバタ・クラブ支配人も、従軍経験者(第一次世界対戦か)である。支配人は、戦場では凄惨な光景を見たと語る。麻薬の取引に手を染めたのも、戦争でのトラウマを引きずっているのかもしれない。(支配人自身も麻薬の常習者)

【酒とタバコ】
 マーロウは始め登場人物は、何かあるとタバコを吸う。誰かに会うとタバコを取り出して吸う。酒も常備していて、来客があれば勧める。今ではありえないが、それが普通だっのだ。(そういえば、宮崎駿の「風立ちぬ」でもタバコを頻繁に吸っていた。これも戦時中の話である)

 マーロウがコルバタ・クラブに乗り込んで、支配人が勧める眠り薬入りの酒を飲まされて眠り込んでしまうシーンがあった。実は飲んだふりをして、クラブの深部に潜入するという作戦なのだが、そもそも、敵のアジトに乗り込んで、勧められた酒を飲む(支配人はそう信じ込んだ)のは、いかがなものか。
【暴力】
 マーロウは、すぐに相手を殴る。銃を持っていて、相手を撃つ。最後には、悪者を撃ち殺してしまう。マーロウの相方になった黒人の運転手も元主人を機関銃で殺すし、ヒロインも元愛人に酷いことをする。巻き込まれて殺されてしまう人もいる。暴力容認的なのは、時代背景もあるのかもしれない。

 映画「怪物」では、教師の暴力が大問題となったが、ここでは暴力は日常茶飯事である。

【ハードボイルド】
 マーロウは、考えるよりも行動するタイプである(考えているのかもしれないが)。調査相手への質問も内容は適当で、どちらかと言えば機知に富んだ会話を楽しんでいるように見える。シャーロックホームズやポワロとは違う。
 マーロウは、悩むことはないようである。酒、タバコ、暴力と健康に悪いことばかりしているので、調査中に死ぬか、身体を悪くして死ぬかどちらかだろう。寿命は長くない。第二の人生などはなく、家族もいないので、悩むことはないのだ。悪人とは言え、人を殺しても罪悪感を覚えることもない。もしかすると、好きなことばかりしているので、ストレスがなく、健康なのかもしれない。

 「自分も老いた」と述懐したり、年金をもらえる仕事に就かないかという誘いを受けたりもしているが、老後の心配をしているようにも見えない。

 「逃げ切れた夢」の主人公末長周平のような悩みは皆無である。もし、マーロウが彼に会ったら、まずタバコと酒を勧め、悩みごとは聞き流し、「ギムレットを飲むにはまだ早い」などと言うのだろうか。

【コードに沿って】
 つまり、これは娯楽映画なのである。主人公は格好良く、悪役は悪役らしく、ヒロインはヒロインらしく。みんなコードに従って、動いている。悪役が殺されても、心を痛める必要はないのだ。撮影が終わったら、みんな笑顔で一杯やるのだから。映画業界という舞台が、この映画自体が作り物であることを暗示しているように思えた。

 

「探偵マーロウ」

エンタメ度 ★★★