【ストーリーはシンプル】
シングルマザーのレスリーは、6年前に宝くじを当てた。そして散財の挙句、無一文のアル中になる。都会で働く息子を頼るが、愛想を尽かされ、故郷の町に送り返される。町の連中からは笑い者にされるが、町外れでモーテルを営む男に助けられる。そして紆余曲折がありながらも、酒を止める決意をする。最後には、昔からの夢だった小食堂(diner)を開店し、そこに息子が食べに来て、絆を取り戻す。
【イケてない人々】
舞台はアメリカはテキサス州西部の田舎の町。みんなカウボーイのような格好をし、ピックアップトラックに乗っている。夜な夜な集まっては、焚火を囲んだり、酒場で盛り上がったりする。みんな顔見知りである。人間関係は緊密だ。
町は、停滞しているのだろう。噂話が娯楽である。レスリーが宝くじを当てたことが、未だに語り草となっている。レスリーの凋落は格好のネタなのだ。
【道化役】
レスリーは、ダメな人である。約束をすぐ破る。嘘をつく。仕事をサボる。金が手に入ると酒場に直行。調子に乗ってイケてた頃の自慢話をし、ダンスで男たちを誘惑する(相手にされない)。
息子だけが心の拠り所である。その息子からも見放され、自暴自棄になる。
そんなレスリーに、昔の仲間が手を差し伸べる。レスリーもそれに乗るが、上から目線で説教され、すぐにケンカをして飛び出す。そして笑いものになる。仲間は、ちょっかいをやめない。それにレスリーも反応する。
仲間もさえない連中である。自分たちよりダメなレスリーを批判することで、一時的に自尊心が満たされる。ダメな奴に説教を垂れるときほど、気分の良いものはない。レスリーは、なくてはならない道化というわけだ。
【システムを変える】
いったん、そのような人間関係のシステムができあがってしまうと、変えるのは難しい。学校でのいじめと同じである。
ここに、ゲームチェンジャーが現れる。町外れのうらぶれたモーテルの管理人である。この初老の男は、昔、製油所で働いていた流れ者、つまり部外者である。
男は、モーテルのゴミをあさっていたレスリーを雇い入れ、自分の部屋まで提供する。レスリーは清掃係を命じられたが、寝坊するわ、仕事中に酒を飲むわ、前借りをして飲み歩くわで、ろくなことをしない。
これに対して男は、粘り強く接する。注意はするが、良い所はきちんとほめる。立ち入ったことまでは聞かない。酒を止めろとも言わない。その代わり、自分の身の上話をする。妻がアルコール依存になり、神父に寝取られて離婚になったことなど。
そうこうしている内に、レスリーは自分から酒を断つ決意を固める。男は、それを後押しすることもなく、静かに見守る。
システムを変えるには、周辺部からという。部外者の男がこれまでと違った対応をとったので、レスリーに変化が現れたのであった。
【I'm sorry】
変化を決定づけたのは、かつての仲間ナンシーの謝罪だった。レスリーの小食堂に来たナンシーは、「私たちは、あなたを楽しんでいた。悪かった。(I'm sorry)」と謝る。関係性が変化した瞬間である。
なぜ、ナンシーが改心したのかは分からないが、レスリーの変化を見て、思うところがあったのかもしれない。
英語の"I'm sorry"は、重みのある言葉のようである。すぐに謝ってしまう日本人とは違い、アメリカ人の間で自分の非を認めるということは、大変なことなのかもしれない。
【小部屋】
イギリスの女流作家ヴージニア・ウルフは、女性にとって一番必要なのは「一人でいられる部屋」だと言った*1。
人にとって、人の目を気にすることなく、自由に過ごせる場所を持つことは、根本的に重要である。
モーテル経営者の男が、レスリーにまず自室を与えたのは、非常に適切であった。
一貫した態度を取りつつも、長所はできるだけ指摘し、干渉はしないが、自己開示はするという態度も、理想的な対応である。苦労人というものは、自然と良質なカウンセラーになるものであろうか。
居場所を持つこと、人との絆を回復すること。これらは、レスリーに限らず、人生を立ち直すための必要条件である。
【余談】
レスリーが当てた宝くじの金額は19万ドル。日本円で2,500万円ほど(今は円安が進んでいるので、もう少し高い)。
宝くじの高額当選にしては、中途半端な感じがするが、短期間で使い切ってしまう額としては、これくらいが適当だったのかもしれない。
あぶく銭は身につかない。宝くじの高額当選者は不幸になるという。本当だろうか。
本当に不幸になるかどうかを試すために、一度当たってみたいものである。
To Leslie/トゥ・レスリー
ヒューマンドラマ度 ★★★
*1:正確には、「女性が小説を書こうと思うなら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない。」(「自分一人の部屋」より)