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舘野泉「米寿記念ピアノ・リサイタル」〜制約は自由にする

【鬼が弾く】

 今年のまだ寒い時期、NHKBSでピアニストの舘野泉さんを特集した「鬼が弾く」という番組*1を観て、とても心を動かされた。

 舘野さんは、日本を代表する優れたピアニストだったが、65歳の時に脳溢血で倒れ、右半身が不自由になった。その後、左手のピアニストとして復帰。87歳の今も演奏活動を続けている。

 多くの作曲家が舘野さんに左手のための曲を提供している。平野一郎作曲「鬼の学校」もその一つ。コントラバス、チェロ、ビオラ、バイオリンの弦楽器とピアノの五重奏である。鬼の子どもが世の中の渡り方を学んでいく様子が表現される。40分もの大曲。驚いたことに、楽譜の中に音符ではなく、「無茶苦茶弾き」と書かれた箇所がある。これは、本当に無茶苦茶に弾くのである。

 これまでつらいこともありましたか、と尋ねるインタビュアーに対して、舘野さんは「ずっと楽しかったよ」と屈託なく答えているのが、印象に残った。

【コンサート】

 ステージに現れた舘野さんは、車椅子でピアノまで運ばれた。そして、椅子に座ると、演奏する曲の解説を始めた。最初、少しうまく口が回らないようだったが、話しているうちに淀みなく言葉が出るようになった。

 前半はピアノのソロ演奏。

 第一曲は、U .シスサク:エイヴェレの惑星たち。Op.142より第2曲。数学的に導き出した「プラネット・スケール」の和音で進行していく曲。なぜか、和風の響きがした。

 第二曲は、間宮芳生:山にいて夜毎鳴く鳥の声(「風のしるし」より)。鳥の鳴き声が表現されていた。

 第三曲は、梶谷修:風に…波に…風に…。東日本大震災をテーマにした曲とのこと。

 第四曲は、P.H.ノルドグレン:振袖火事(小泉八雲『怪談』によるバラードⅡより)。恋患いで死んだ娘の怨念が振袖に乗り移って江戸を焼き尽くす火事を起こしたとの話のとおりの激しい曲。

 曲の間のトークもお上手で、思い出話などをされる。

  前半の最後は、谷川賢作作曲の組曲「そして船はいく」。谷川さんが、舘野さんのために書いた曲で、今回が初演とのこと。谷川さんは、ジャズピアニスト・作曲家。詩人谷川俊太郎の息子である。

 5曲あり、ジャス調の親しみやすい曲であった。先ごろ亡くなられた舘野さんの妻マリアさんのための曲もあった。

 演奏後に館野さんが客席の方を向けて拍手をするので、何だろうと思っていると、なんと、客席に谷川さんが来ていた!

 館野さんが促して、谷川さんもちょっとだけステージに上がる。

 ここで休憩。

 ロビーで、舘野さんのCDや本を売っていた。本「ハイクポホヤの光と風」を一冊買う。2300円。

 後半は、いよいよ「鬼の教室」(平野一郎:左手のピアノと弦楽の為の教育的五重奏)。

 弦楽器の四人が現れ、最後に黒に赤い模様の入ったマントを羽織った舘野さんがピアノの前に座る。弦楽器がゴチョゴチョ鳴っていると思ったら、曲はすでに始まっていて、小鬼たちが教室でざわついている様子なのだろう。ピアノが酒呑童子先生。ピアノと弦楽器の掛け合いで曲が進んでいく。ちなみに、バイオリン奏者はヤンネ舘野。舘野さんの長男である。

 プログラムによれば、登校から始まり、基礎科目(そろえ方、かぞえ方、つづり方)、運動と悪戯、教養科目(ふるまい方、たしなみ方、なりすまし方)、給食と転寝、実践科目(ぬすみ方、ゆすり方、だしぬき方)、掃除と喧嘩、生存科目(たたかい方、にげ方、かくれ方)、放課後の鬼生訓、下校もしくは終わり方、となっている。これを読むだけでも、楽しい。

 弦楽器の使い方が面白く、色々な音が出ることに驚く。

 ピアノの無茶苦茶弾き。左手が激しく動く。そして、手首から肘を使って鍵盤を叩く。ハンカチを出して、ハンカチの上から鍵盤を押していく。自由である。

 長い曲だが、観ていても、聴いていても飽きず、終わるのが惜しかった。

 拍手。演奏者の皆さんは、鬼の面をかぶって、お辞儀をした。

 最後にアンコールを一曲。何の曲かは忘れたが、誰でも知っている曲を左手用にアレンジした美しい曲であった。

【帰り道にて】

 館野さんのピアノは、一言でいえば、自由であった。左手が縦横無尽に鍵盤上を動き回り、それは一つの生き物のようだった。

 ピアノを十本の指で弾くと誰が決めたのだろう。それは、たまたま人に二本の手がついているからに過ぎない。四本の手があれば、二十本の指で弾いていたことだろうし。

 館野さんは、左手だけになって、むしろ自由になったのではないだろうか。

「制約は自由にする」

 帰り道につらつらと、そんなことを考えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:12/15(金)深夜1時15分からEテレで再放送予定