晴れ、ときどき映画と本、たまに旅

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映画「蟻の王」

【あらまし】

 1960年代のイタリア。哲学者、詩人、劇作家かつ蟻の研究者のアルド・ブライバンティが巻き込まれた裁判の顛末を描いたもの。実話に基づく。

 アルドは、演劇や詩を教える私的サークル「塔」を開いていた。そして、教え子の青年エットレと互いに惹かれ合い恋仲に。二人はローマで同棲生活を送る。

 ところが、エットレの家族はそれを許さない。エットレの母と兄がアルド宅に乗り込み、エットレを拉致して、同性愛を治療するための矯正施設に送り込む。エットレは、電気ショックで脳をやられる。

 アルドは、若者をそそのかして道を誤らせた「教唆罪」で裁判にかけられる。実際には、同性愛を裁くための裁判。反対運動も起こるが、アルドは禁固刑に処されてしまう。

【教唆罪】

 アルドは「教唆罪」で裁判を受ける。法定刑が上限で15年とかなり重い。しかし、どういう罪なのがよく分からない。どうやら、「若者をそそのかして堕落させた」ことが問われているらしい。あいまいである。

 しかもこの罪は、イタリアでは初の適用という。どうも、同性愛を処罰する法律がないので、無理やりこの罪状で起訴したらしい。

 同じ時期、ドイツでは刑法175条で同性愛は禁止されていた。*1一方、ムッソリーニは「イタリアには同性愛者はいない」として、同性愛を処罰する法律は作らなかったのだとか。

 アルドがエットレをそそのかして、犯罪を犯させたのであれば、「教唆罪」は成立するだろう。しかし、同性愛は犯罪ではないので、「教唆罪」としては要件を欠いていると思われる。

 しかも、エットレは、アルドとの関係は自分の意思に基づくものであると証言している。

 そのため、検察官の主張は、苦しいものとなり、結局は同性愛者は処罰するべきだと言っているに過ぎないものになっていた。

【電気ショック】

 エットレは、母と兄の差し金で、性的志向を矯正する病院に入れられてしまう。

 エットレが電気ショックを受ける場面は、ショッキングである。両方のこめかみに電極を当てて通電させるのだが、これで性的志向が変わるはずもない。脳細胞が破壊されて、無気力になるだけである。

 わりと最近まで、こんなことがまかり通っていたことに驚く。

ソクラテス

 アルドは哲学者だけに、ソクラテスを意識している。ソクラテスも「若者を堕落させた罪」で死刑となる。

 また、ソクラテスも青少年を口説き落とす名人で、「しびれエイ」との異名があったのだとか。アルドも、結構な「しびれエイ」であった。

【蟻の王】

 アルドと関係を持ったことで、エットレは人生を狂わせる結果となった。

 アルドは、「しびれエイ」ぶりを発揮し、エットレをたたえる詩を送るなどして、誘惑している。エットレが惹かれたのも無理はない。アルドは、自分の立場を考え、自制するべきではなかったか。

 サークルでの指導の仕方や生徒の選り好みが激しいことなど、アルドは「塔」で蟻の王のように振る舞っていた。訴えられたのも、サークルの生徒だったエットレの兄を邪険に扱い、恨みを買ったのが遠因である。

 そのあたり、実在のアルド・ブライバンティが蟻の研究者であったことも絡めて、うまく作られていた。

 

蟻の王

シリアス ★★★★

社会派  ★★★

 

 

 

 

 

 

*1:映画「大いなる自由」