✳︎ネタバレあり
【作品のあらまし】
東京で一人暮らしをする42歳独身のフリーター陽子。引きこもりの、さえない暮らしぶり。
ある日、従兄弟が訪ねてきて、故郷の青森の父が急死したと知らされる。従兄弟一家の車で青森に向かうが、サービスエリアで休憩中に、はぐれてしまう。
手持ちのお金は2千円ちょっと。携帯は故障中。葬儀は翌日の昼に始まる。それまでに着かなくてはならない。
陽子は、ヒッチハイクで青森を目指す。その間、色んな人たちと、巡り合って、酷い目にも遭い、暖かい心にも触れ‥‥
それは、陽子が辛い過去と向き合い、閉ざされた心を開いていく道のりでもあった。
【心の旅】
旅の初めの頃、陽子は無表情で言葉も出ない。若い頃の父の幻影が出て来た時だけ、饒舌になって、恨みごとを言う。
サービスエリアで一人残されて、ヒッチハイクをしなくてはならなくなったときも、「青森に行きたい」というだけ。これでは、誰も乗せてくれない。
親切な(気まぐれな)人が、乗せてくれるが、ずっと黙り込んでいる。もっとも、その人たちだって、乗せるのには理由がある。口先だけの、自称ライターの男に騙され、酷い目に遭わされて、何かが弾ける。次に乗せてくれた老夫婦が親切にされ、陽子は心を開き始める。
ヒッチハイクのスキルも上がり、最後に乗せてもらった車で、初めて自分について語る。
若いとき、夢を求めて、家族の反対を押し切って、東京に出たけれど、結局は何も得られなかったこと、意地を張って帰れなくなっていたこと、最後に父の手を握りたいこと。
そうやって、言葉にできたことで、ようやく実家の敷居をまたぐことができたのだった。
【ヒッチハイク】
サービスエリアで従兄弟一家とはぐれたのは、アクシデントではあった。しかし、陽子は、無意識のうちに逃げたのではあるまいか。
所持金が少ないとはいえ、方法は他にもあるはずである。そもそも、従兄弟一家が放置するはずもないのだから、待っていればいい。
陽子は、まだ帰る準備ができていなかったのだろう。だから、ヒッチハイクという一か八かの手段にでたのだ。そのスキルがないにも関わらず。
親の葬儀に間に合うように帰らなくてはならない。その一方で、帰るには強い抵抗がある。ヒッチハイクをすれば、一応、帰るための努力はしていると言い訳が立つし、うまく行かなくても自分のせいではない。
ヒッチハイクは、陽子にとってふさわしい帰り方であったのかもしれない。ヒッチハイク自体はあまりお勧めできるものではないけれど。
「658km、陽子の旅」
ヒューマンドラマ度 ★★★
ユーモア ★