晴れ、ときどき映画と本、たまに旅

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【ネタバレあり】映画「君たちはどう生きるか」〜子どもの終わり/往きて還りし物語

※ネタバレあります。

【あらすじ】

 主人公の眞人(マヒト)は、戦災で母を亡くし、父とともに母の実家に疎開する。父は、母の妹(ナツコ)と再婚する。ナツコは父の子を身籠っている。

 母の実家は古い大きな屋敷であり、奇怪なことがよくおこる。屋敷の裏山には、ナツコの大叔父が作ったという塔がある。大叔父は、たくさん本を読んで頭がおかしくなり、塔の中に籠った人物とされる。

 父は、実業家であり戦争で儲けている。現実的な人物である。

 眞人は、田舎の学校になじめない。けんかの後、石で自らの頭を打って傷つける。アオサギがしきりと現れて、眞人を異界へと誘う。

 ある日、ナツコは一人で裏山に行き、行方不明となる。それを追って、眞人は裏山の塔に入る。

 そこには、アオサギが待ち構えている。眞人は、アオサギとの対決に勝つ。アオサギは正体を現し、さえない中年男の姿を現す。眞人は、アオサギの案内で、召使の老婆(キリコ)と共に、地下の冥界に降りる。

 冥界は、不思議なメタファーが乱れ交う世界。なぜか鳥が悪者で、ペリカンの大群やオウムの軍隊が襲来する。眞人は、男勝りの漁師(キリコ)に助けられ、アオサギの案内で、母を探しに行く。

 眞人は、オウムたちに食べられる寸前のところ、火を使う女の子(ヒミ)に助けられる。実はヒミは、少女の姿をした眞人の母なのであった。眞人はヒミの導きで、ナツコの産屋まで行く。

 眞人は「ナツコ母さん!」と呼びかけるが、ナツコは眞人を拒絶する。ヒミはオウムの軍隊の捕虜となる。

 オウムの王は、眞人が禁忌を破って産屋に行ったことを理由に、ヒミを手土産にして、世界を統べる大叔父に交渉に行く。

 大叔父は、冥界の支配者である。草原のようなところにテーブルを置き、石の積み木を積み上げている。それで、世界の均衡を保っているのだ。

 大叔父は、眞人に自分の跡を継いでほしいと言う。眞人は、現実の世界で生きていく決意を表明する。

 オウムの王は、大叔父の世界の支配の方法を知り、失望したと叫ぶ。新しい石を無茶苦茶に積み上げ、大叔父の作った秩序が崩壊する。

 眞人とナツコと召使のキリコは、無事に現実世界に帰還する。

【子どもの終わり】

 眞人は、思春期の入口にいる。無邪気な子ども時代が終わる頃である。

 眞人は、母を戦災で失ったが、その事実を受け入れられない。「死ぬところは見ていないのだから、どこかで生きているはずだ」と、一応、論理的に考えている。母が火の使い手ヒミとなったのは、母が火を使いこなすことができれば焼け死ぬことはないという願望からであろうか。

 父は現実的な人物で、眞人の心情には無頓着である。あろうことか、母の妹ナツコと恋愛関係になり、再婚をする。ナツコはすでに妊娠している。ナツコを「新しい母」として受け入れるということは、母の死を認めることになる。しかし、ナツコは、母の面影を宿し、眞人にも優しい。眞人は、混乱する。

 眞人は、父とナツコがキスをする場面を目撃する。ナツコの胎内には新しい生命が宿っている。性という、魅惑的だが、得体が知れず、恐ろしいものをかいま見たのである。

 環境も変わる。田舎の学校では、都会から来た金持ちの息子は異物でしかない。周囲からも孤立し、自らの頭を石打つ行為は、象徴的な自殺と言えようか。そういう行為を経て、眞人は冥界に入る資格を得たのだろう。

 眞人のナツコへの態度は、アンビバレントである。継母として受け入れなければならないと思う一方で、敵意もある。だから、ナツコが森に入って行くのを見過ごす。そして罪悪感から、ナツコを救うために森に入る。

 冥界は、眞人の心的世界である。ユング心理学でいう無意識の世界。仏教で言えば阿頼耶識。あるいは、夢の世界。

 冥界は、現実界とは異なる論理で動いている。時間軸は揺らいでおり、事象は出鱈目に現れる。だから、ストーリーを追うことはできなくなる。冥界で少女となった母と出会い、冒険をする中で、眞人は次第にナツコの存在を受け入れる。しかし、産屋に入るという禁を犯したため、冥界の秩序を乱してしまう。

 冥界は、静の世界。石の世界。危ないバランスを保ちながらも安定をしている。現実世界は、動の世界。生も腐敗も死もある。常に変化して不安定である。

 大叔父は、冥界を守る仕事を眞人に託そうとする。眞人がそれを受ければ、冥界の王となり、二度と現実世界には帰って来れない。

 眞人もそれに魅力を感じているように見える。しかし、最後には、「ナツコやキリコや友達のいる世界」を選ぶ。

 清浄で完結した死の世界ではなく、清濁あり不安定な生の世界を選び取ったのだ。

 かくして、眞人は現実を受け入れ、眞人の子ども時代は終わる。

 人は、子ども時代が終わるとき、一旦は死んで、新しい人生を作り直すという。死と再生をくぐり抜けて、大人の世界に足を踏み入れるのだ。

【往きて還りし物語】

 本作は、成長譚の形式を踏まえている。何かが欠損している主人公が異界を旅することで成長し、帰ってくるというものである。謎が多く、ストーリーが追えない展開にも関わらず、見終わって何となく落ち着く感じがするのは、物語の形式に沿っているからであろう。

【眞人を取り巻く人々】

 母も幼い頃、神隠しにあった。母やナツコの一族は、異界と近いところにいるようだ。

 そのような神秘性を備えた女性たちが、ごりごりの現実主義者である父と結婚したのは、面白い取り合わせである。

 そこには、没落する旧家が新興の実業家と結びついて、生き残りを図ろうとする戦略があるのかも知れない。

 姉の夫と結婚したナツコは、どういう心境だったのか。姉である眞人の母とは、ライバル関係にあったものか。眞人に優しく接するが、腹の底はどうなのか。後継争いとなれば、眞人はお腹の子のライバルである。産屋で眞人を拒絶したのは、禁忌を犯したせいばかりとは言えない。

 大叔父は、伝説上の人物である。ユング心理学でいうところの老賢人を思い起こさせる。

 その伝でいけば、アオサギトリックスターである。世界を自由に行き来し、高笑いをしながらイタズラを繰り返す。そして、主人公の導き手となる。

【映像美】

 絵画を思わせるシーンが美しい。映画館も普段とは違い満席に近かったので、最前列のリクライニングシートで観た。そのせいか、没入感があり、しばし外界を忘れて作品世界に浸った。理屈をこねなくても、楽しめる作品であった。

 

君たちはどう生きるか

エンタメ   ★★★

ファンタジー ★★★★

映像美    ★★★★