チャップリンの「黄金狂時代」は、1925年に公開(アメリカでは6月、日本でも同じ年の12月)された。今からちょぅど100年前である。映画館で4K修復版を上映していたので、観に行った。
「黄金狂時代」は、数あるチャップリン映画の中でも傑作とされる。当初は、サイレント版だったが、のちにチャップリンはサウンド版にしてストーリにも少し手を加えた。今回上映されたのは、オリジナルを再現したもの。
だいたい、こんな感じのストーリである。
アラスカは空前のゴールドラッシュ。砂糖の山に蟻がたかるように男たちが押し寄せている。季節は冬で、山は険しく、雪が深く積もっている。そこに現れるチャップリン。雪山で遭難して、山小屋にたどり着く。吹雪で閉じ込められてしまい、食料をめぐって他の男たちとドタバタを繰り広げる。ようやくのこと、山から降りたチャップリンは、街のダンスホールで見かけたダンサーに一目惚れ。からかわれているとも知らずに、熱を上げる。チャップリンの真面目さにダンサーもほろりとする。チャップリンは仲間に誘われて再び山へ。ハプニングの末、金鉱を発見、一躍大金持ちになる。帰りの船でダンサーと結ばれて、めでたしめでたし。
陳腐である。
チャップリンは、いつも場違いで、いたって真面目である。チャップリンが真面目にやればやるほど、周りの人は笑い転げる。人を笑わそうとする者は、自分が笑ってはいけないということがよく分かる。
チャップリンは俗物である。お金がほしくて山に入り、きれいな女性を見るとほれ込み、たまたま金持ちになると得意げに振舞う。また、チャップリンには内面が乏しい。大晦日の夜、ダンサーが訪ねてくるという口約束を信じて夕食とプレゼントを用意するがすっぽかされる。見ていて気の毒になったが、本人はへこたれずに、即行動する。
100年前といえば、大正14年である。第一次世界大戦が終わり、日本では大正デモクラシーの時代。この映画を見て人々はどう感じたのだろうか。
チャップリンが内面がないように見えるのは、喜劇だからであろうか。主人公が本気で悲嘆にくれたり、悩んだりしていては、それは喜劇ではない。あるいは、現代は内面が重視されすぎているせいで、そう感じるのだろうか。
また、この時期以降に、日本は暗い時代に突入する。アメリカの喜劇映画で笑い転げていた人々がアメリカ相手に戦争を始めたのは、どうした訳だろうか。
チャップリンはチャップリンとして面白かったのだけれど、100年前の世界を覗き見たような気がして、少し考えた。
「黄金狂時代」サイレント4K修復版
★★★